問答無用!!!

退屈が苦手な まの字です

戦争記念日  !?!?!?

と 言っていた 人が私の周りにいましたっ!!

そういう 認識の時代になってきたんですねぇ〜

終戦記念日が近づくと
恒例で 戦争中のドキュメントや秘話みたいな番組
増えますよねぇ

昔と違い ずいぶん掘り下げるようになってきたと 
感心しています

NHK のインパール作戦のドキュメントを見ていて
そういう 時代であった
だけでは 済まされない 実態があったんだなあ
と 思いました

どうも 当時日本で作戦計画を練っている人は
将棋を指している感覚があったように 思います

ここに 5000人投入して 一週間で補給路を断つ
ここには 1万人投入して 一日で町を占拠する

戦闘が始まれば 勝つ!

この感覚しか無かったように 思うんですね

当時の話ですから
敵の戦闘力や補給力の評価が 足りなかったのは
しかたないとしても
送り込んだ 
何万人もの兵隊の 補給をまったく無視していたのは
どう 考えても 犯罪でしょっ!

しかも
インパール作戦が 長期化して
弾も食料もなくなり 戦えない  と
現場から 撤退要請の悲鳴が 出ているとき
日本の参謀は 誰も 撤退を言えなかった
餓死者や病人が続出して 危機感を覚え
担当の参謀と作戦を推進した計画者が
密談をしているんですね

そのときの手記が残っているんですが
「この苦悩の顔を見てもらえば 作戦の中止は
  わかってもらえるはずだ」
と お互いが 思っていた
と 言うんです

でも 語り合った内容は・・・
「 もっと がんばれっ!!
     ここは 大和魂で 押し切れ!」

まっ こんな 内容だったのですが
兵隊は 皆 被害者だった
と 思いますね

言葉には出せないが 
顔見て 判ってくれ!

というのは 軍人としての 良心
と 言いたかった と 思うのですが・・・・

言い換えれば 作戦失敗とするのは
お前 オレが言いだしっぺ ではない!
という 責任逃れ だったんですね

つまり 作戦は失敗したじゃないかっ!!
と 責任を問われるのがイヤで
状況を把握しながら 何もせず
何万人とも言われる 餓死者を出す結果になってしまった

こういう 状況って 今でもありますよね
会社の金何百万か 使い込んで
それが バレルのがイヤで
穴埋めに 他からさらに流用
結果 何億の損失を出してしまった

普通 これって 犯罪と 言うんですけど

どうも 旧日本軍は
英雄扱い されるらしい  笑

餓死であろうと 弾にあたろうと 戦死は戦死
皆が 国のための 戦死で靖国へ と言いたいところですが
インパールの餓死や病人達
牟田口中将の作戦失敗隠し の ためだけの犠牲で靖国

今年も
何人かの議員さんが
 靖国へ参拝にいっています

暑い 夏 ですね